「ウミガメ」 w/コトブキツカサ
3組に1組は離婚すると言われる時代に、「ウミガメ」という新しい出会い系のWEBサービスが誕生した。
ウミガメの利用者は、口コミで爆発的に広がった。何しろ、カップルの成立率がほかのどのサービスよりも圧倒的に高かったのだ。
その背景には、ウミガメの社長率いる社員たちが開発した高度なシステムにあった。ウミガメに登録するとき、人々は自分のプロフィールを入力する。すると、その情報をもとに、異性との超高精度なマッチングが行われるのである。
そのおかげで、マッチングされた二人は出会ってすぐに意気投合。必ず付き合うようになり、ほどなくして結婚へと至るというわけだった。
利用料が一切かからないということも、サービスの拡散につながった。世の人々からは、経営は大丈夫なのだろうかと心配する声もあがるほどだった。実際にウミガメのスタッフも、しばしばこんなことを社長に言った。
「こんなにもアクセス数を稼いでいるんですから、アフィリエイトのひとつくらい設置してはどうでしょう」
しかし、社長は一言こう言うのみである。
「それは、クールじゃないよ」
何やら込み入った事情がある雰囲気で、社員はそれ以上、尋ねることはできなかった。
そんな社長がこのサービスを立ち上げるに至った経緯自体も、ほとんどの人には知られていない。
じつは彼には、かつて大恋愛の末に結婚した相手がいた。社長はその人を心から愛し、必ず幸せな家庭が築けるはずだと確信していた。そして結婚式で流した彼女の涙を目にしたとき、世の中にはこんなにも美しい涙があるのだということを初めて知った。
けれど、新婚生活がはじまると、些細なすれ違いが度重なった。次第に二人の距離は離れていって、やがて彼女の浮気が発覚し、二人は別れることになったのだった。
それを機に、彼は自分たちのような不幸なカップルを二度と生みだしてはならないと、ある種の使命感に駆られるようにその方法を模索した。たどりついたのは、男女の完璧なマッチングシステムを完成させるということだった。無料で提供するというポリシーは、このときに確立された。そして寝食も犠牲にして技術開発に明け暮れ生みだされたのが、「ウミガメ」だった。
世間に知られていないことは、もうひとつある。「ウミガメ」という名前の由来である。これは社長に近い幹部でさえも教えてもらえず、社長の生涯で、ついに誰にも明かされることはなかったのだった。
*
あるところに、一組のカップルがいた。二人は新婚旅行で訪れた海岸で、ウミガメの産卵を目撃した。
彼女は、涙を流しながら卵を産むウミガメを見て、何気ない様子で口にした。
「あれって、それだけ痛いから泣いてるんだろうねー」
そのとき、彼氏は何かを言おうと一瞬口を開きかけた。頭によぎっていたのは、結婚式で目にした彼女の姿だった。しかし結局、彼は言葉を発することなく呑みこんだ。
そして彼は、その後、折に触れては思い返すことになるウミガメの涙に目を細めつつ、彼女の隣でただ頷いた。
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