「花の壁」 w/すっきりソング

渋谷には昔から「三大待ち合わせ場所」と呼ばれている場所がある。ひとつはハチ公前、ひとつはモヤイ像前、そしてもうひとつが「花の壁」の前だ。

ただ、この花の壁には知る人ぞ知る曰くがある。ここで待ち合わせをするとうまく待ち人に会うことができず、すれ違ってしまう、というものだ。これまでもこの壁の前で待ち合わせた何人ものカップルが引き裂かれてきたし、何組もの芸人さんが解散してきた。

有名な霊能力者は、この現象をこう説明したという。

ある冬の夜、ひとりの女性が渋谷の壁の前で人を待っていた。その壁には一輪の花のようなシミがあり、人々からは花の壁と呼ばれている有名な待ち合わせ場所だった。

その日、女性も壁の前で、彼との記念日を祝うデートの待ち合わせをしていた。ところが、何十分、何時間、待てども待てども彼は来ることはなかった。そして、その日を境に彼からの連絡は途絶えた。人づてに聞いた話によると、彼は別の女性と駆け落ちをしたという。それを聞いた女性は憔悴し、やがて命を落とした。以来、女性の残留思念が花の壁に宿り、壁には元々あった一輪の花の模様に加え、女性の姿をしたシミができた。壁の前で待ち合わせる人は待ち人に会うことができず、悲運をたどるようになったというわけなのだった。

ただ、この話には後日談がある。じつは、彼は駆け落ちをして消えてしまったわけではなかったのだ。戦争に行くことが決まり、彼女を悲しませないように最後まで内緒にしたままひとり出征していったのだった。

そんな彼は戦争から戻ってきたあと、あるときたまたま渋谷の壁の前を通りかかった。彼はなぜだか壁に強く惹きつけられた。壁を見ているとなんだか昔の恋人のことが懐かしくなり、無性に胸が騒ぐのだった。

彼は居ても立っても居られなくなり、近くに見つけた花屋で一輪の花を買った。そしてそれを壁に供え、かつての恋人のことを偲んで去っていった。

すると不思議なことに、その日から道行く人々は一輪、また一輪と壁の前に花を供えるようになっていった。供えられた花を見て、ここで何かが起こったのだろうと感じ取り、花屋で新しい花を買い求めては次々に壁の前に供えていった。

いまでは壁の前は花で溢れかえっていて、かつてあった模様も埋もれて見えない。人々は何かに導かれるように、せっせと献花をしては去っていく。

ある渋谷の花屋の店主は、ひとり内心で笑みを浮かべていた。

彼の店はずっと赤字経営で、少し前までは店がつぶれかねない状態だった。けれど、ある日、近所の壁を目にしたときに閃いた。その壁には、一輪の花の模様と、その横に女性が立っているような構図に見えなくもないシミがあったのだ。

そこで彼は悲しい物語をでっちあげ、その壁の前に人々が花を供えるように噂を流した。おかげで店は盛り返し、花も飛ぶように売れつづけた。

あるとき、花屋の店主は店じまいをしたあとで、いつものように花で彩られた壁の前を通って帰ろうとした。

そのとき、彼は信じられない光景を見ることになる。

花の壁の前に、ゆらゆらと揺れる二つの影が浮かんでいたのだ。それは兵隊服を着た男性と、若く美しい女性に見えた。そして二人はたくさんの花を両手に持ち、幸せそうな顔をしていた。


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